ADR-0042: 安全リスク区分は危険源の大小を順序づけると主張せず、低減の順序を決める入口として用いる
採用(2026-08-14)
コンテキスト
Section titled “コンテキスト”本標準の安全リスク区分(SR1〜SR4)は、危険源ごとに Hs / Ex / Oc / Av の4パラメータを見積もり、その結果を4段階の区分へ写します。この方式そのものに、査読済みの批判があります(#242)。
Cox, L.A. (2008) “What’s Wrong with Risk Matrices?” Risk Analysis 28(2), 497-512(本文未取得。書誌と要旨・解説による二次情報):
- 典型的なリスクマトリクスは、無作為に選んだ危険源の対の1割未満しか正しく一義的に比較できない
- 範囲の圧縮が起こる。定量的に小さいリスクへ、より高い定性的評価を与えることがある
- 頻度と深刻度が負に相関する場合は “worse than useless” であり、無作為な判断より劣りうる
- 規格が採用を促してきた一方、性能を厳密に検証した研究はほとんどない
本標準の SR はマトリクスではありません。しかし順序尺度のパラメータを categorical な区分へ写す構造は同じです。とくに最後の点は、そのまま当たります。
同時に、区分へ写すこと自体は先例を持つ
Section titled “同時に、区分へ写すこと自体は先例を持つ”NIST SP 800-30 Rev.1 は表I-2 で5段階のリスク水準を出しますが、水準ごとの必須技法を定めません。管理策の選択・運用認可の可否・監視頻度・優先順位づけの入口として使います。本標準の SR と同じ使い方です。
ISO/TR 14121-2 6.4.3 は数値化について次のように書きます。
can give a false impression of numerical accuracy
同 6.4.2 の Table 2 は4区分(high / medium / low / negligible)、6.5.2 の Cl も4区分です。区分へ写すこと自体は、機械安全の側にも情報セキュリティの側にも先例があります。
したがって、争点は「区分へ写すか」ではない
Section titled “したがって、争点は「区分へ写すか」ではない”争点は、その区分が何を主張しているかです。「SR3 は SR2 より危険である」を主張するなら Cox の批判に答える必要があります。答えられないなら、主張しないと書くべきです。
1. SR は、危険源の大小を正しく順序づけるとは主張しない
Section titled “1. SR は、危険源の大小を正しく順序づけるとは主張しない”SR の値は、危険源どうしを比較するための量ではありません。SR3 の危険源が SR2 の危険源より危険であるという主張を、本標準は行いません。
2. SR が決めるのは、低減の順序と受容の手続である
Section titled “2. SR が決めるのは、低減の順序と受容の手続である”SR は次の3つの入口として使います。
- 低減を続けるかどうか(SR4 が残る間は運用を開始しない)
- 受容の決裁の重さ(SR2 以上の残留リスクの受容はリスク区分 R1 の決定として扱う)
- 見直しの契機(自律レベル・実行形態を引き上げた場合の再評価)
いずれも手続の入口であり、危険源どうしの比較ではありません。
3. 判定の根拠の記述を、区分の値より優先する
Section titled “3. 判定の根拠の記述を、区分の値より優先する”計算式を規定しない方針(第6章)を維持します。根拠の記述が無く値だけがある記録は、判定として無効です。
この方針は3系統の一次情報が支持します。
- ISO/TR 14121-2 6.4.3 — 数値化は誤った精度の印象を与えうる
- NIST SP 800-30 2.1 — 見積りの根拠(rationale)を評価の過程で要求することが、再現性と反復可能性を高める
- ISO 12100 — 尺度と重みを規定しない
4. 区分の値を、案件どうしの比較に用いない
Section titled “4. 区分の値を、案件どうしの比較に用いない”SR の分布を案件間で比較しません。見積りは自己申告であり、第三者認証を持ちません。比較は、見積りを甘くする誘因を直接与えます。
検討した選択肢
Section titled “検討した選択肢”| 案 | 却下の理由 |
|---|---|
| SR は順序づけを主張する、と書く | Cox (2008) に答えられない。とくに「性能を検証した研究がほとんどない」に対して、本標準は何も持たない |
| 区分をやめ、パラメータの記録だけにする | 受容の決裁の重さを決める入口が無くなる。SR2 以上を R1 の決定として扱う規定が成立しない |
| 計算式を規定し、値の一貫性を担保する | 3系統の一次情報が反対する。ISO/TR 14121-2 6.4.3 が明示的に警告する |
| 何も書かない(現状) | 読み手は SR が順序づけを与えると読む。書かないことは、暗黙に主張することと同じ |
- 第6章に、SR が主張しないことを明記する
- SR の値だけを根拠に低減の優先順位を決める運用は、本標準の想定ではない
- 案件間の SR の分布を集計する指標を置かない
- Cox の批判のうち「性能の検証がない」は、本 ADR では解消しない。順序づけを主張しないことで批判の射程から外れるが、検証を与えたわけではない