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第2章 ライフサイクルとマイルストーン

本章は、本標準が対象とする開発ライフサイクルの階層構造と、その節目に置くマイルストーンを規定します。

本章の要求事項を満たしたとき、次の成果が得られます。

  • 事業判断の節目と、日々の開発反復とが、それぞれ別の頻度で運用されている
  • 各節目において、次段階へ移行してよいかを判定する制御点が定義されている
  • 事業ステージに応じて、開発反復の厳格さが段階的に変化している
  • 部門をまたぐ移管が、受入側の理解の成立をもって完了している

本標準のライフサイクルは、頻度の異なる2階層で構成します。

二層構造の図。外殻は事業判断の節目(S0 探索、SG-0、S1 価値確立、SG-1、S2 スケール)で、判定を誰がいつ行うかは変えず、署名の意味とリスクの受容の記名は改める。内側は AI 協調ループで、仕様承認(人)、AI 実装、自動検証(機械)、独立レビュー(人)を機能単位で回し、次の機能へ戻る

graph LR
  subgraph 外殻["マクロライフサイクル: 事業判断の節目(低頻度)"]
    A["S0 探索"] -->|SG-0| B["S1 価値確立"]
    B -->|SG-1| C["S2 スケール"]
    C -->|SG-2| D["定常運用"]
  end
  subgraph 内側["AI協調ループ: 機能単位(数時間〜数日)"]
    S["仕様承認(人)"] --> I["AI実装"] --> V["自動検証(CI)"] --> R["独立レビュー(人)"]
    R --> S
  end
  B -.各ステージ内で反復.-> S
階層 頻度 判定の性質 既存制度との関係
マクロライフサイクル 案件あたり数回 投資継続・移管・出荷可否の判断 既存の稟議・決裁権限規程と、出荷判定の席・判定者・時点は変えない。出荷判定者の署名の意味と、リリース決裁(G-8)での残存リスクの受容の記名は改める。出荷判定の規程の改定を要する(第4章 G-7・G-8)
AI協調ループ 機能あたり数時間〜数日 仕様適合・実装品質の判断 新たに規定する

二層に分ける理由は次のとおりです。

  • 事業判断の頻度を上げると決裁が滞留し、開発反復の頻度を下げると AI の生成速度を活かせない
  • 判断の性質が異なるため、判定者・判定基準・期限を分離しなければ責任の所在が曖昧になる

事業ステージは、不確実性を段階的に低減する区分です。3ステージを定義します。

記号 名称 別称 ゴール 出口ゲート
S0 探索 DR0 事業仮説と技術的実現性を検証し、投資継続の可否を判断できる状態にする SG-0
S1 価値確立 DR1 実利用者に価値が届くことを実証し、継続提供できる技術基盤を確立する SG-1
S2 スケール DR2 利用者層の拡大に耐える品質・運用体制・再現性を確立する SG-2

実装スタックは S0 の出力であり、入力ではありません。S0 のゴールが技術的実現性の検証である以上、どの構成で作るかは探索の結果として定まります。確定の時期は SG-0 とし、S0 の期間中は未確定でよいものとします(ADR-0034)。

時期 スタックの状態 扱い
S0 の期間中 未確定 正規の状態。時期が来ていないだけである
SG-0 確定 既存の判定基準「技術的実現性が確認されている」に含まれるものとして扱う
SG-0 の通過後 未確定が残る 未達として扱う

未確定は未達ではありません。両者を次のとおり区別します(ADR-0028)。

  • 未達は、目的を達成する構成を示せていない状態である
  • 未確定は、確定の時期が来ていない状態である

SG-0 の判定基準を増やしてはなりません。基準を増やすと、投資継続の判定に実装の詳細が持ち込まれます。

S0 の結果に基づいて記録済みのスタックを変更する場合、技術判断者の判断とし、判断記録(ADR)を残します。企画承認(G-1)の再判定は要しません。G-1 の判定基準は実装スタックを含まないためです。

製造業の設計審査体系を運用している組織では、次の対応で読み替えます。対応は目安であり、実際の割り当てはテーラリング(第8章)で確定します。

本標準 製造業の設計審査(一般形) 対象
S0 探索 / SG-0 DR1 開発企画フェーズ 開発の妥当性・事業性の評価
S1 価値確立 / SG-1 DR2 構想設計フェーズ 実現手段・技術構成の評価
S2 スケール / SG-2 DR3 詳細設計、DR4 量産移行 量産・本番展開への移行判断

ステージの境界には移行ゲートを置きます。判定は3択とし、判断を保留したまま継続する状態を作りません。

ゲート 名称 判定 主な判定基準
SG-0 探索完了 S1へ移行 / 継続検証 / 中止 事業仮説が実証データで支持されている。技術的実現性が確認されている。次ステージの投資規模と体制が示されている
SG-1 価値確立完了 S2へ移行 / 継続 / 中止 実利用者における価値が実証されている。拡大に耐えるアーキテクチャが確定している。受入部門が要求を自らの言葉で再構成できている
SG-2 スケール完了 定常運用へ移行 / 改善継続 対象利用者層の品質基準を満たしている。運用体制が定常運用として成立している。受容した負債の返却計画が承認されている

SG-2 を設けない場合、プロジェクト体制のまま運用が継続し、技術負債の返却主体が消えます。定常運用への移行は明示的に判定しなければなりません。

ステージ移行ゲートの判定は、ステアリングコミッティ(B-2)が行います。会議体の構成・判定の語彙・判定期限は第3章 3.7に規定します。

次ステージの予算は、ステージ移行ゲートの判定と同時に確定させます。予算の構成と中止(Kill)の判断基準は第7章 7.7に規定します。

ステージ移行ゲート(SG)と工程ゲート(G-1〜G-8)は、別の軸です。混同してはなりません。

観点 ステージ移行ゲート(SG) 工程ゲート(G)
判断の対象 投資を継続するか、次ステージへ進むか この成果物を次工程へ進めてよいか
頻度 案件あたり3回 開発サイクルごと
判定者 会議体(投資判断・事業決裁) 単独の判定者
期限 会議体の開催周期 24〜72時間

各ステージでの工程ゲートの状態は、第8章 軸Bによります。本節に表を置きません。同じ規定を2か所に書かないためです(第1章 1.7)。ステージが上がるほど、適用するゲートが増えます。

G-4 と G-5 は、どのステージでも省略しません。この2つを外すと、仕様の承認を経ない実装と、機械検証を経ない統合が発生するためです。S0 でも、技術設計判断(G-3)とリリース決裁(G-8)を適用します(第8章 軸B)。

AI協調ループは、機能単位で次の4工程を反復します。

工程 主体 完了条件 配置するゲート
仕様承認 人間 受入基準が検証可能な形式で確定している G-4
AI実装 AIエージェント 実装計画の全タスクが完了している —
自動検証 CI 定めた機械判定基準をすべて満たす G-5
独立レビュー 人間(作成を指示した者以外) 仕様と実装の一致を確認し、挙動を記録した G-6

ループの反復単位は、次の制約を満たさなければなりません。

  • 1周期の実装量は、独立レビューが単独で完結できる大きさに収める
  • 受入基準を満たさない実装は、次工程へ進めずループ内で差し戻す
  • 反復の終わりに、該当がある記録をコンテキスト基盤へ書き戻す。該当が無い反復に、記録を求めない
    • 設計上の選択を伴った場合は、判断記録(ADR)
    • 妥協・仮実装を受容した場合は、技術負債台帳
    • 規約・用語が変わった場合は、恒久層コンテキスト

ステージによるループの回し方の変化

Section titled “ステージによるループの回し方の変化”

ステージが上がるほど、反復の速度より記録の厳格さを優先します。

観点 S0 探索 S1 価値確立 S2 スケール
ループの主目的 学習 適合 品質と再現性
判断記録(ADR) G-3 の判定の対象とした選択 コア機能は必須 全件必須
コンテキスト基盤 案件層のみ 恒久層の整備を開始 恒久層の維持が必須
想定する反復周期 数時間〜1日 1〜3日 2〜5日

独立レビュー(G-6)のステージごとの状態は、第8章 軸B によります。

事業ステージの移行に伴って担当部門が変わる場合、移管を SG-1 の判定要件として扱います。

sequenceDiagram
  participant O as 移管元部門
  participant R as 受入部門
  participant G as SG-1 判定者
  O->>R: 事業意図・検証結果・判断記録を引き渡す
  R->>R: 要求を技術コンテキストへ再構成する
  R->>O: 再構成の結果を提示し、解釈の相違を確認する
  O-->>R: 相違点を解消する
  R->>G: 移管記録を提出する
  G-->>R: SG-1 の判定

移管の完了条件は次のとおりです。文書の引き渡しをもって完了とはしません。

# 完了条件
1 受入部門が、事業意図と価値仮説を自らの言葉で再構成した文書を作成している
2 再構成の結果を移管元が確認し、解釈の相違が解消されている
3 未確定事項が一覧化され、それぞれに解消の期限と責任者が割り当てられている
4 恒久層コンテキストに、移管対象の用語・制約・判断基準が登録されている
5 移管後の結果責任者(A)が指名され、担当表に記録されている

条件1を文書の受領で代替してはなりません。受入側が再構成できない状態は、移管が完了していない状態です。

人員の交代を伴う移管、および定期異動によるロールの継続性の断絶については、2.9 のコンテキスト移管ゲートを併せて適用します。

事業ステージ S0 の開始時に、次の順序で立ち上げを行います。順序を入れ替えてはなりません。

graph LR
  A["1. 案件の登録"] --> B["2. 体制図(D-0)の作成"]
  B --> C["3. D-0 の承認"]
  C --> S["3b. 安全リスクアセスメント<br>(適用条件に該当する案件のみ)"]
  S --> D["4. 企画書の作成"]
  D --> E["5. G-1 企画承認の審議"]
  C -.未承認なら審議を開始しない.-> E
  S -.SR4 が残る間は審議を開始しない.-> E
# 手順 成果物 責任者
1 案件を登録し、案件IDを付与する 案件登録記録 起案者
2 意思決定・エスカレーション体制図(D-0)を作成する D-0 起案者(AIが草案を生成)
3 D-0 を承認する 承認記録 D-0 表1 の投資継続を決定する者
3b 安全リスクアセスメント表を作成し、承認を得る(適用条件に該当する案件のみ) テンプレ9 技術判断者
4 企画書を作成する 企画書 価値責任者
5 企画承認(G-1)を審議する 判定記録 事業決裁者

手順3b の適用条件と様式は第6章「AIエージェント安全リスクアセスメント」によります。該当しない案件では手順3b を省略します。

D-0(第6章 テンプレ0)は、企画承認の判定対象ではなく判定を開始するための前提条件です。両者を区別します。

区分 定義 G-1 における対象
前提条件 満たしていなければ判定を開始しない条件 D-0 の承認
判定基準 判定において合否を評価する基準 投資対効果、リスク受容、基盤整備の予算化

D-0 を判定基準に含めると、体制の不備が投資対効果と相殺されて通過します。前提条件に置くことで、体制が定まらないまま審議へ進む経路をなくします。

誰が決めるかが決まっていない状態で、何を作るかを決裁してはなりません。決裁の後に体制を決めると、決裁内容に合わせて責任者が選ばれ、責任の所在が事後的に構成されます。

  • D-0 が承認されていない案件は、G-1 の審議を開始してはならない
  • 安全リスクアセスメントの適用条件に該当し、かつ SR4 の危険源が残っている案件は、G-1 の審議を開始してはならない
  • D-0 の次回レビュー期日を超過している案件は、ステージ移行ゲート(SG)の判定を開始してはならない
  • 前提条件の充足は、人の確認ではなく機械的な検査によって判定する(フェーズ5)

期日を超過した D-0 を放置したまま判定を続ける運用を認めると、体制図は初回の作成時にのみ存在する文書になります。

定期的な人事異動が制度として存在する組織では、対象システムを理解している人が数年で入れ替わります。本節は、要員の交代に際して理解の断絶を防ぐ手続を規定します。

次のいずれかに該当する交代に適用します。

  • 成果物の結果責任者(A)の交代
  • 文脈オーナーの交代
  • コア機能の理解保持者が交代し、残る保持者が1名以下になる場合

移管は、口頭説明の完了によって成立しません。後任者が前任者へ問い合わせずに判断できる状態をもって成立とします。

この定義は 2.7 の部門間移管と同型です。文書の引き渡しは移管の手段であり、完了条件ではありません。

graph LR
  N["交代の決定"] --> H1["H-1 移管準備"]
  H1 --> H2["H-2 書き戻し完了"]
  H2 --> H3["H-3 理解の実証"]
  H3 --> C["移管完了"]
ゲート 判定時期 判定者 判定の対象
H-1 移管準備 交代の通知から3営業日以内(予告期間が5営業日未満の場合は翌営業日まで) 価値責任者 対象範囲、理解保持者数、コンテキスト基盤の欠落、予告期間の区分
H-2 書き戻し完了 予告期間に応じて定める(2.9.5) 文脈オーナー 予告期間の区分に対応する範囲の解消
H-3 理解の実証 交代日以降、合意した期限内 前任者でも後任者でもない者 後任者が独立して判断できること

本節の期限は、すべて予告期間を基準に定めます。

予告期間: 交代が本人へ通知された時点から交代日までの営業日数。

  • 組織の内部で決定した日ではなく、通知された日を起点とする。前任者と後任者が動けるのは通知の後であるため
  • 本標準は予告期間の長さを要求しない。予告期間は人事制度が定めるものであり、開発プロセスの標準が介入する対象ではない。本標準が規定するのは、与えられた予告期間の中で何を行うか

2.9.4 H-1 移管準備: 欠落の棚卸し

Section titled “2.9.4 H-1 移管準備: 欠落の棚卸し”

コンテキスト基盤へ記録されていない知識を、次の4類型で洗い出します。文書化されずに個人へ留まりやすい知識の類型です。

類型 内容 書き戻し先
設計の背景と制約 判断した時点の人員・期限・既存資産の制約 判断記録(ADR)
却下した選択肢 検討したが採らなかった案と、採らなかった理由 判断記録(ADR)の代替案欄
運用上の勘所 壊れやすい箇所、監視値の読み方、負荷の周期性 運用引き継ぎ文書
組織的文脈 承認権限の所在、利用者との約束、過去の経緯 D-0 および恒久層コンテキスト

あわせて、コア機能ごとの理解保持者数(その機能について独立して判断できる人数)を数えます。理解保持者が1名の機能は、交代の前に2名以上へ増やさなければなりません。

保持者に数えるのは、本人以外の者が日付を付けて理解を確認した記録を持つ人に限ります。記録は、H-3 理解の実証(2.9.6)、第3章 3.4.3の演習、コア機能の障害対応の記録のいずれかです。運用引き継ぎ文書(第6章 テンプレ5)へ名前を書いただけの人は数えません。

書き戻しの進め方は次のとおりです。

  • 書き戻しは前任者が書き、後任者がレビューする。順序を逆にしない。後任者が読んで理解できることが検証の条件であるため
  • AIエージェントが草案を生成してよい。ただし却下した選択肢と当時の制約は前任者しか保持していない情報であり、人が記入する
  • 完了の判定は、追記した分量ではなく H-1 で特定した欠落項目の消化で行う

期限と範囲を予告期間で決める

Section titled “期限と範囲を予告期間で決める”

予告期間の長短にかかわらず同じ期限と範囲を課してはなりません。予告期間が短い場合、全部の書き戻しは物理的に完了しません。期限を固定すると、その手続は未達のまま放置されます。

期限と範囲を次のとおり定めます。期限はすべて交代日を基準とする相対の指定です。

予告期間 H-2 の期限 書き戻す範囲 残りの扱い
20営業日以上 交代日の10営業日前まで H-1 で特定した欠落の全部 —
10〜19営業日 交代日の5営業日前まで 全部 —
5〜9営業日 交代日の前営業日まで 下記の優先順位の上位2類型 交代後へ繰り越す
5営業日未満 交代日の前に H-2 を置かない — 全部を交代後へ繰り越す

繰り越しが生じる場合(予告期間 10営業日未満)、前任者の関与の延長を H-1 の判定と同時に確定させます。確定していない案件を H-1 で通過させてはなりません。

確定させる事項 内容
期間 延長する関与の終期。交代後の日付で指定する
稼働の目安 週あたりの時間。「必要に応じて」は不可
連絡手段 前任者への到達手段と、応答の期限
繰り越した項目 H-1 で特定した欠落のうち、未消化の項目の一覧

「必要に応じて協力する」という合意を関与の延長として認めません。前任者は次の配属先で別の業務を負うため、期間と稼働を定めない約束は履行されません。

短い予告のときに何から書き戻すか

Section titled “短い予告のときに何から書き戻すか”

上位2類型は次の優先順位で決めます。この順序を入れ替えてはなりません。

順位 類型 この順位である理由
1 組織的文脈 承認権限の所在や利用者との約束が分からないと、後任者は単独で判断を開始できない。業務が即座に止まる
2 運用上の勘所 障害が起きたときに必要となる。発生の時期を選べない
3 設計の背景と制約 後から再構成できる。ただし前任者の関与を要する
4 却下した選択肢 同上。前任者しか保持していないが、判断の停止には直結しない

順位1・2 は前任者の不在と同時に必要になるもの、順位3・4 は時間をかけて回収できるものです。

期限を相対の指定へ変えても、検査は機械化できます。H-1 の記録に次の欄を必須とします。

欄 検査
交代の通知日 空でないこと
交代日 空でないこと。通知日以降であること
予告期間(営業日) 上記2つから導出した値と一致すること
前任者の関与の延長 予告期間が10営業日未満の場合、4項目がすべて埋まっていること

予告期間の区分は申告させません。通知日と交代日から導出します。区分を申告させると、期限の緩い区分を選ぶ動機が生まれます。

移管が完了したかを、後任者の自己申告で判定してはなりません。熟練した開発者を対象とした対照実験では、作業時間が実測で19%長くなった条件について、本人は20%短くなったと申告しています(2025年7月公表)。理解の自覚は理解の証拠になりません。

判定は次の4課題の組み合わせで行います。

# 課題 合格の条件
1 設計の説明 対象のコア機能について、記録を参照せずに設計判断とその理由を自分の言葉で説明できる
2 却下案の再構成 採らなかった選択肢を1つ以上挙げ、採らなかった理由を説明できる
3 障害時の初動 過去の障害事例を提示され、一次切り分けの手順と確認箇所を挙げられる
4 変更の実作業 小規模な変更を、独立レビューを通過するまで単独で完遂する
  • 課題1〜3 は、AI へ問い合わせない状態で実施する
  • 課題4 では AI の利用を制限しない。実務の作業条件と一致させるため
  • 評価者・評価方法・課題・結果を記録する。評価者には前任者と後任者のいずれも充ててはならない

課題2を含める理由は、却下した選択肢を再構成できることが、結論の暗記と理解の区別になるためです。

2.9.7 準備段階における AI の利用

Section titled “2.9.7 準備段階における AI の利用”

後任者が準備段階でAIエージェントを用いることを禁止しません。ただし利用の仕方に要求を課します。

  • 生成された説明をそのまま受け取る使い方(受動的な委譲)を認めない
  • 疑問点を問いとして立て、回答の根拠を記録と突き合わせる使い方を求める

未知のライブラリを用いる課題の対照実験では、AI 支援を受けた群の事後理解度が支援なしの群より17ポイント低く、群内では能動的に質問を重ねた者ほど高い成績を示しました(2026年1月公表)。AI の利用そのものではなく、受動的な委譲が理解の形成を妨げます。

2.9.8 H-3 が期限内に合格しない場合

Section titled “2.9.8 H-3 が期限内に合格しない場合”

本節は H-3 のみを扱います。H-2 が予告期間内に完了しない場合の措置は 2.9.5 に規定しており、本節と重複しません。

  • 交代日までに H-3 が合格しない場合、前任者の関与を延長するか、対象を他の理解保持者へ一時的に移す
  • 結果責任者(A)を空席にしたまま交代日を過ぎてはならない
  • H-3 の不合格を後任者の人事評価に用いてはならない。判定の対象は個人の能力ではなく、コンテキスト基盤の十分性と移管手続の設計である

最後の項目は運用上の要です。不合格が個人の評価に跳ね返る運用では、合格が目的化し、判定が形式化します。

2.10 スコープの確約と進捗の統制

Section titled “2.10 スコープの確約と進捗の統制”

本節は、事業ステージの期間内にどこまでを行うかを合意し、その進み具合を観測し、必要に応じて範囲を調整する手続を規定します。新しい会議体・ゲート・様式を設けません。既存の判定の記載事項を増やし、既存の報告の対象を狭める構成にします。

スコープを単一の一覧として扱ってはなりません。すべてが必須である計画は、期日と衝突した時点で削る対象を持たず、削減の判断がそのまま基準の引き下げへ向かいます。

記号 層 定義 動かすときの手続
SC-M 確約範囲 これを欠くと当該ステージのゴールに到達しない範囲 ステージ移行ゲート(SG)の判定、または第7章 7.6のエスカレーション
SC-P 計画範囲 計画に含むが、期日と競合した場合に次ステージへ送れる範囲 価値責任者の単独判定
SC-B 調整枠 着手順を最後に置き、余力が生じた場合にのみ実施する範囲 価値責任者の単独判定

確約範囲(SC-M)は、当該ステージの計画容量の 60% を超えてはなりません。調整枠(SC-B)には 20% 程度を残します。

配分は要求の件数ではなく容量で算出します。件数で配分すると、大きな項目を確約範囲へ入れても割合が動きません。

規模の合意に、精度を装った見積り手法を用いてはなりません。

# 要求事項
1 規模は工数の絶対値ではなく、直近の実測スループット(単位期間あたりに完了した作業単位の個数)に対する件数で合意する
2 実測が存在しない段階(S0 の初回)では、確約範囲を置かない。全体を計画範囲として扱う
3 見積りの精度を根拠として、確約範囲の上限を引き上げてはならない
4 合意した規模と、その根拠とした実測値を記録する

要求事項3を置く理由は、工程の進行によって見積りの不確実性が収束するとは限らないという報告があるためです(2006年、実案件のデータに基づく)。確約の量を支えるのは見積りの巧拙ではなく、実測された完了の速さです。

ステージ移行ゲート(SG)の「継続」の判定と同時に、次ステージの SC-M・SC-P・SC-B を確定させます。第3章 3.7.3が「継続」の判定に求める確定事項へ、スコープを加える形をとります。スコープを定めるための場を別に設けません。

S0 の初回については、企画承認(G-1)の時点で確定させます。様式は第6章 テンプレ6によります。

進捗を担当者の完了率の申告で測ってはなりません。申告による完了率が長期にわたり高い水準を示し続ける現象は、1988年に NASA の案件を対象とした分析で報告されており、原因は規模の過小な見積りと、進捗の可視性の低さの相互作用にあるとされています。

観測は、到達を測る指標と停滞を測る指標の対で行います。

観点 指標 定義 性質
到達 進捗率 完了した受入基準の数 ÷ 計画した受入基準の数(第7章 7.7.2) 遅行
停滞 作業単位の滞留期間 着手した時点から現在までの経過時間 先行

滞留期間の運用は次のとおりです。

  • 未完了の作業単位について継続的に観測する。完了した作業単位には適用しない
  • 実測サイクルタイムの85パーセンタイル、または企画承認(G-1)で合意した値を超えた項目を滞留として扱う
  • 滞留した項目は、担当者と価値責任者へ非同期で通知する。通知のための定例を設けない

測定の実装はフェーズ6(メトリクス)に規定します。

棚卸しのための会議体を設けません。滞留した項目の一覧と、スコープ3層の現状を非同期に確認し、第3章 3.10の事前レビュー期間の仕組みへ載せます。

調整の権限は次のとおりです。

調整 判定者 記録
SC-P を SC-B へ降格する 価値責任者(単独) 調整の記録のみ
SC-B を削除する、または SC-B へ項目を追加する 価値責任者(単独) 調整の記録のみ
SC-P へ項目を追加する 価値責任者(単独)。容量の上限を超える場合は不可 調整の記録のみ
SC-M を増減する ステージ移行ゲート(SG)、または第7章 7.6のエスカレーション 判定記録

計画範囲と調整枠の増減を、逸脱として扱ってはなりません。利用者の要望の変化や学習を反映できる柔軟なスコープを持たない案件は、顧客便益の実現において平均を下回ったという調査があります(2016年、実務者への調査)。スコープの削減は逸脱ではなく、便益を実現するための通常の操作です。

2.10.6 期日に間に合わない見込みが立った場合

Section titled “2.10.6 期日に間に合わない見込みが立った場合”

見込みは、2.10.4 の2指標によって評価します。見込みが立った時点で手続を開始します。期日の到来を待ってはなりません。

選択の順序を次のとおり定めます。順序を入れ替えてはなりません。

graph LR
  A["間に合わない見込み"] --> B["1. 範囲を削る<br>SC-B → SC-P の順"]
  B -->|不足| C["2. 期日を動かす"]
  C -->|動かせない| D["3. 基準を下げる<br>第7章 7.3 の例外承認"]
  D --> E["回収の期限と責任者を定める"]
  • 手順1では、調整枠(SC-B)から先に削る。確約範囲(SC-M)へは手を付けない
  • 手順1で不足する場合、第7章 7.6のエスカレーションレポートを起票する。選択肢は3案を必須とする
  • 手順3(判定基準の引き下げ)は、第7章 7.3の例外承認を経た場合に限る。動かせない期日に該当する場合は 7.4 のファストトラックによる

境界を次のとおり定めます。この境界を曖昧にすると、通常の調整までが例外の手続を通り、例外の件数が意味を失います。

事象 扱い
SC-P・SC-B の増減 通常運転。価値責任者の単独判定
滞留の発生と解消 通常運転。非同期の通知
SC-M の増減 例外。SG またはエスカレーション
判定基準を満たさないまま進める 例外。第7章 7.3
動かせない期日に対する短縮 例外。第7章 7.4

2.10.8 合意した範囲から外れた変更の扱い

Section titled “2.10.8 合意した範囲から外れた変更の扱い”

内側の AI協調ループは数時間から数日で回り、外殻の合意(G-2 要件合意および契約)は更新されません。この速度差を放置すると、実装と合意の乖離が蓄積し、出荷判定(G-7)で全面的な差し戻しが生じます。

乖離は G-4(機能仕様承認)で捕捉します。判定基準は第4章に規定します。範囲外と判定された変更の経路は次のとおりです。

graph TD
  A["G-4 で範囲外と判定"] --> B{"影響の範囲"}
  B -->|"SC-B 相当かつ R3"| C["価値責任者が範囲へ取り込む<br>(記録のみ)"]
  B -->|"SC-P に影響"| D["価値責任者が SC-P を組み替える"]
  B -->|"SC-M・契約・外部インタフェースに影響(R1)"| E["外殻の変更管理を起動<br>B-2 の裁定"]
  E --> F["裁定が出るまで当該項目を SC-B へ置く"]
  C --> G["内側のループは止めない"]
  D --> G
  F --> G
  • 外殻の起動によって、内側のループ全体を停止してはならない。停止する設計は、判定を避ける動機を生む
  • 裁定を待つ項目は調整枠(SC-B)へ移し、着手しない。着手したまま裁定を待つ状態を作らない
  • 受託開発では、確約範囲(SC-M)の変更が契約の変更に直結する。対応づけは第8章 軸Dによる

生成の量が増えても統制の側が追随しなければ不安定さが増すことは、2025年の大規模調査で報告されています。外殻の合意を更新しないまま内側の生成量だけが増える構成は、この所見の一例にあたります。

  • 各工程ゲートの判定基準は第4章に規定する
  • ステージごとの欠陥の扱いは第4章に規定する
  • 判定者および会議体は第3章に規定する
  • ステージの省略・統合はテーラリング(第8章)の対象とする