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プロダクト特化コンテキスト基盤の設計

コンテキスト明文化・補完基盤の要件(R1〜R5)を、実際のリポジトリ構成として実装します。目的は一貫して「一度書いた文脈を再利用し、人間の明文化負担を最小にする」ことです。

リポジトリ配置(恒久層・案件層)

Section titled “リポジトリ配置(恒久層・案件層)”
repo/
├── CLAUDE.md / AGENTS.md # 恒久層の入口(常駐・200行以内)
├── .claude/ (または同等)
│ ├── rules/ # スコープ付き規約(対象ディレクトリ編集時のみロード)
│ ├── skills/ # 定型手順(呼び出し時のみロード)
│ └── settings.json # 強制層(権限・フック)
├── context/
│ ├── glossary.md # ドメイン用語集(ユビキタス言語)
│ ├── decisions/ # ADR(判断記録)の置き場
│ ├── standards/ # 設計標準・レビュー観点
│ └── projects/<案件ID>.md # 案件層(目的・制約・体制・暗黙前提の登録先)
└── specs/<機能ID>/ # 機能仕様(作業層の入力)
  • 常駐は最小限に(CLAUDE.md は200行以内目安)。詳細はスコープ付きルール・スキル・参照ファイルへ分離し、必要時のみロードさせる(context rot 対策=R4)
  • 案件層(context/projects/)は、要件合意ゲート(G-2)の基準3「暗黙の前提が登録済み」の登録先そのもの
要件 実装
R1 恒久的な文脈の常駐 CLAUDE.md / AGENTS.md+スコープ付きルール
R2 既存資産の接続 段階導入: まずリポジトリ内 Markdown(AIが検索)→ 必要になったら MCP で社内システム接続 → 大規模で RAG
R3 経験の蓄積 書き戻しワークフロー(下記)+ADR の蓄積
R4 優先順位付け 常駐最小・スコープ分離・呼び出し時ロード
R5 責任の割り当て 文脈ファイルごとの CODEOWNERS 指定(下記)

R2 は最初から RAG 基盤を作らないことが要点です。リポジトリ内の Markdown を AI に検索させるだけで大半の用途は足ります。MCP・RAG は「リポジトリ外の資産(チケット・社内Wiki・基幹システム)に頻繁にアクセスする必要が出てから」で十分です。

文脈は書いて終わりではなく、運用の学びで育てます。書き戻しの契機を作業に埋め込みます。

graph LR
  A["独立レビューで暗黙前提の指摘"] --> W["文脈への書き戻し"]
  B["障害対応で判明した仕様の穴"] --> W
  C["同じ質問が2回出た"] --> W
  D["ADR の決定"] --> W
  W --> P["PR として提出(文脈も差分レビュー)"]
  P --> O["文脈オーナーが承認"]
  • 文脈の変更も PR で行う。差分レビューできることが、文脈の信頼性(AIがそれを参照して生成する以上、間違った文脈は間違ったコードを量産する)を守る
  • 「同じ質問が2回出たら文脈化する」を目安ルールにする(3回目を発生させない)
  • AI 自身に書き戻し案を起案させてよい(承認は文脈オーナー=人間)

検証を経ていない記述を基盤へ入れません

Section titled “検証を経ていない記述を基盤へ入れません”

書き戻しの経路は、上図の PR に限ります。エージェントが基盤のファイルへ直接書き込む経路を設けません。ADR-0012により、生成物は未検証の入力です。基盤へ入った記述は以後の生成の前提となり、誤った前提は参照するすべての成果物へ波及します。

人が承認した記述と AI が補完した推論について、標識で区別する設計を採りません。標識で区別できる構成は、未検証の記述が基盤に入ることを前提にします。区別の運用は次の順で破れます。

# 破れ方
1 参照する側が標識を読まない。エージェントへ渡る時点で本文だけが残る
2 標識の付与そのものが自動になり、標識のないことが検証済みの根拠にならなくなる
3 未検証の記述が量で上回り、検証済みの部分が見分けられなくなる

承認の記録は、標識ではなく変更履歴によります。誰がいつ承認したかは、PR とコミットの署名から特定できます(QMS 文書管理)。

文脈ファイルの責任者を CODEOWNERS で機械的に紐づけます。

# .github/CODEOWNERS(文脈基盤の部分)
/CLAUDE.md @context-owner-a
/context/glossary.md @domain-expert-b
/context/standards/ @tech-lead-c
/context/projects/ @value-owner-d
  • オーナー不在の文脈ファイルを作らない(作る時にオーナー指定を必須にする)
  • 文脈ファイルの変更 PR は該当オーナーが自動でレビュアーに入る=「誰が正しさを保証するか」が常に明確

文脈基盤の最大のリスクは静かな陳腐化です(アンチパターン「コンテキスト基盤の放置」)。機械検知を仕込みます。

検知 実装例 扱い
参照切れ 文脈内のリンク・ファイルパスの存在チェックを CI に追加 落とす
分量の上限超過 1ファイル200行(第3章 3.11.4)を超えたら失敗させる 落とす
コードの変更との乖離 下記「乖離の監査」 落とさない。記録する
更新の停滞 最終更新から N か月超の文脈ファイルを定期ジョブで一覧化し、オーナーに棚卸しを促す 記録する
実態との乖離 独立レビューで「文脈と実装が食い違う」指摘が出たら、実装でなく文脈側の修正 Issue を必ず起票 人が判定する

落とすものと記録するものを分ける理由

Section titled “落とすものと記録するものを分ける理由”

大規模な静的解析の運用から得られた指針では、ビルドを落とすか、そもそも出さないかの2つしか置かない構成が採られています。無視できる警告として出し続ける形を避けるためです。ビルドを落としてよいのは「機械的で、実効的な偽陽性がない」検査に限るとされ、それ以外はレビューの時点で提示します。ここでいう偽陽性は技術的な誤検出ではなく、開発者が見て何も行動しなかった指摘を指します。

本ページの検査を、この基準で仕分けます。

検査 機械的か 実効偽陽性 判断
参照切れ(リポジトリ内のパスに限る) 機械的 ない 落とす
分量の上限超過 機械的 ない 落とす
コードの変更との乖離 対応関係の推定を含む ある 落とさず、警告としても出さない

乖離は「落とす」にも「出さない」にも当てはまりません。第三の置き場として、台帳への記録と四半期の棚卸しを用います。新しい判定の場は設けません。

対応関係を文脈ファイル自身に書く

Section titled “対応関係を文脈ファイル自身に書く”

コードと文脈の対応表を別ファイルで保守してはなりません。その表自体が陳腐化します。対応は文脈ファイルの frontmatter に書きます。

---
owner: "@tech-lead-c"
scope:
- "src/payment/**"
- "src/billing/**"
---
# 決済まわりの設計標準
...
  • 文脈ファイルを削除すれば対応も同時に消え、移動すれば一緒に動く。別置きの表にならないことが要点
  • scope を持たない文脈ファイルは、乖離の監査の対象外とする(用語集や一般則など、特定のコードに紐づかないもの)

内容を読まずとも判定できる定義にします。

乖離: 文脈ファイルの scope に該当するコードが、当該文脈ファイルの最終更新以降に一定回数以上変更された状態。

閾値は組織が定めます。実証がないため、本標準は初期値を示しません。

# 週次ジョブの構成例
name: context-drift-audit
on:
schedule:
- cron: '0 0 * * 1'
jobs:
audit:
runs-on: ubuntu-latest
steps:
- uses: actions/checkout@v4
with: { fetch-depth: 0 }
- name: 乖離の集計(落とさない。台帳を更新するだけ)
run: node scripts/context-drift.mjs --out context/audit/drift.md
- name: 台帳の更新を PR にする
run: node scripts/open-audit-pr.mjs

このジョブを PR の必須チェックにしてはなりません。落とすと、内容のない形式的な更新が入ります。

四半期の棚卸しまで乖離を放置すると、その期間、エージェントは古い前提を参照して生成を続けます。棚卸しの周期は、乖離が生じてよい期間の上限ではありません。

したがって、周期とは別に滞留の上限を置きます。

# 要求事項
1 乖離した文脈ファイルごとに、台帳へ記録した日を残す
2 滞留の上限を組織が定める。定めない運用を認めない
3 上限を超えた項目が生じた時点で、棚卸しを前倒しする。対象は当該の項目に限る
4 前倒しの対象になった回数を記録し、周期の見直しの入力とする

要求事項3が扱うのは既存の棚卸しの実施時期であり、新しい判定の場ではありません。前倒しの起動は台帳の日付から機械的に判定でき、人の申告によりません。

上限の値を本標準は示しません。滞留の長さと手戻りの関係を測った資料を確認できていないためです。値を定めるまでの間は、四半期の周期がそのまま上限になっている状態として扱います。

同じ文脈ファイルが繰り返し前倒しの対象になる場合、原因は周期ではなく記述の側にあります。当該ファイルは「忘却の手続」の候補として扱います。

第3章 3.11.4は、指示資産の分量が増えるほど遵守率が下がること、入力長の増加に伴い精度が非一様に低下すること、指示ファイルの付与で成功率は改善せず費用が増えたことを根拠に、分量の上限と記載しない内容を定めています。

「多く書く」方向の解決は、精度と費用の両面で不利です。したがって次の順序をとります。

  1. 記載内容の削減を主とする。コードベースから導出できる内容を書かなければ、乖離しうる記述そのものが減る
  2. 検知は削減の入力とする。乖離の監査は、外す候補を挙げるために行う

忘却は、鮮度の維持と分量の抑制を同時に果たす操作です。

意味の判定を要しない基準を優先します。

順位 基準 判定の材料
1 読み込まれていない 3.11.4要求事項6 の読み込み実績が、一定期間 0 回
2 乖離が閾値を超え、棚卸しで更新されなかった 変更履歴
3 コードベースから導出できる 3.11.4 要求事項5 の違反
4 他の記述と重複または矛盾する 記述の突合

基準1を主とします。実績に基づき、意味の判定を要さず、そもそも効果を持っていない記述を特定できます。新しい計測を追加しません。

外した記述を削除してはなりません。誤って外した場合に取り返せる必要があります。

context/
├── standards/ # 参照対象
└── _archive/ # 保管領域(エージェントの参照対象から外す)
└── 2026-08-standards-payment.md
  • 保管領域を、エージェントが読み込むパスの指定から明示的に除外する。置き場を移すだけでは参照が止まらない
  • 保管の記録に次を残す。外した日 / 外した理由(上表の基準) / 外した者 / 復帰の条件
  • 復帰の条件の例: 同じ問いが再び出た、保管した記述に該当する誤りが再発した

外す判断を AI に行わせてはなりません。3.11.4要求事項3 のとおり、削除と統合の権限は AI維持管理者1名に集約します。

AI が行ってよいのは候補の提示までです。第5章 5.7.4(記述の質を機械判定して承認可否を自動決定しない)、および第4章 G-4(範囲内外の判定を機械が行わない)と同じ切り分けです。

判定は四半期の棚卸し(3.11.4 要求事項4)で行います。新しい判定の場を設けません。乖離の台帳と読み込み実績が、その棚卸しの入力になります。

段階 整備範囲
小規模・初期 CLAUDE.md+用語集+ADR だけで開始(1日で整備できる範囲)
チーム化 +スコープ付きルール、案件層、CODEOWNERS、書き戻しワークフロー
大規模・複数チーム +MCP による社内資産接続、RAG、陳腐化検知の自動化

長く運用してきたシステムでは、前提が担当者の記憶と大量の既存文書に分散しています。ここから基盤を作る作業を、全件の移し替えとして計画してはなりません。

採らない計画 採る計画
既存文書を網羅的に構造化してから開始する 最初の案件に必要な範囲だけを書いて開始する
移行の完了を開始の条件にする 参照されなかった記述を書かずに済ませる
分量の達成度で進捗を測る 参照の実績と、参照して足りなかった箇所で測る

理由は「忘却の手続」と同じです。書いた分だけ陳腐化の対象が増えます。網羅的な移行は、未検証の記述をまとめて抱え込む操作にあたります。

移行の手順は次のとおりです。

# 手続
1 最初に着手する案件の範囲を決める
2 その範囲でエージェントが誤った前提を用いた箇所を記録する
3 記録した箇所に限って、既存文書または担当者の記憶から書き起こす
4 書き起こした記述に scope と owner を付け、以降は本ページの手続へ載せる

手続2が起点です。何を書くべきかは、書く前には分かりません。誤りの記録が、書くべき箇所を特定します。

既存文書の書式変換を AI へ委ねることは認めます。ただし変換した記述はADR-0012のとおり未検証の入力です。owner を置いて内容を確認するまで、参照対象へ入れません。

文脈オーナーの作業は、動く成果物として現れません。現れないものは、資源を配分しなければ実施されません。

  • 文脈オーナーの工数を、企画承認(G-1)の時点で案件の予算へ計上する。余力での実施を前提としない
  • 計上した工数の消化状況を、案件の他の工数と同じ様式で扱う
  • 保守の量を個人の評価指標にしない。理由は運用メトリクスの規定による

3点目を外すと、更新の件数が増え、記述の分量が増えます。本ページが避けようとしている状態そのものです。

制度の側で報いる仕組みを本標準は規定しません。人事の制度は本標準の範囲外であり、規定しても強制層を持ちません。規定できるのは、資源の配分と、指標の誤用を防ぐことだけです。